2006年05月30日

事故から六ヵ月がたち・・・それから

事故から四ヵ月後の続きです.

6ヶ月が経過したころ,事故は5月下旬ですから冬の寒さもきつくなる12月です.
11月には結婚のお披露目をしたのですが(結婚したのは7月),
今思い出すと,いろいろと無茶苦茶な事だらけで・・・・
事前の準備を自分たちでやったのはいいとして,
手伝いの人や司会との打ち合わせは当日に数十分しただけとか・・・・
今思えば本当に迷惑の数々をご友人方におかけしたと・・・・

実はこの頃,嫁子さんとのケンカが絶えませんでした.
毎週のように血だらけ(ココロね)になりながら戦いを繰り広げていました.
当時は2人とも新婚であるがゆえだと思っていたのですが,
本当は病気のせいで私が記憶障害を起こしていたのが原因でした.

記憶障害もこの病気の特徴で,もともと鼻炎症のせいで物忘れのひどい私だったので,
あまり気に留めていなかったのですが,交通事故以来,記憶がかなり薄いのに
病名が判明してから気づきました.

例えば,事故以降に初めて訪ねてきた嫁子の友人について,その人の事はよく
知っていて顔も性格も分かるんだけど,「僕あったことないよね」
と嫁さんにむかって突然しゃべりだし嫁さんをびっくりさせるとか....
これがお互いの失敗だったり利害に絡む話だと大喧嘩に発展してしまうわけです.
恐ろしいことにこれで家族を失う患者さんはけっこう多いそうです...
ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル

こんな6ヶ月経過ごろから10ヶ月後あたりのことについて
実は記憶がほとんどありません
脳脊症の進度が著しくひどくなったにもかかわらず
結婚お披露目やらなにやらあったので頭が飛んでいたと思われます

記録をみると,
11月上旬頃「やっと1冊の本を読み通すことが出来る程度に頭重感が改善した.」
 このころまで本を1冊最後まで読むことができない状態でした.
 文章を書くことなど当然できません.
 この時読んだ本は,読みきるのに1ヶ月もかかりました.
 通常なら1日で読める量です.
11月下旬「首・肩の痛みは大分とれ,首から肩・背中の筋肉の強張りも全体ではなく所々にまで縮小する.しかし腰は良くなっておらず毎日夕方になると痛みが戻る.」
 ちょっとずつですが改善をしています.
 しかし,これは短い視野でのことにすぎませんでした.
 この年は冬の寒さがくるのが遅かった年です.
 11月下旬で整形外科医の診察は,医者がもうできることは
 なにもないからといって終わりになります.
 いつまでたっても完治しない患者を前に診療放棄です.
 放棄ですから診断書は「治療の中止」となっていて今現在中止中です.

12月8日「気温が急激に落ち込み霜が降りるようになって体調が激しく悪化」
 このころ鍼を週3回施術し大学の登校日数も減少しているのですが
「鍼治療を受けたがあまり改善しない.主症状は首・腰の痛み,肩・背中全体の強張り,頭重感と吐き気である.」
 事故から6ヶ月経過してのこのひどさ,
 明らかにむち打ち症の症状を超えています.
 寒くなると悪くなるのはどんな傷でも一緒ですが,
 鞭打ち症は通常4ヶ月,6ヶ月もすれば100%関節の損傷は癒えるので,
 ここまでひどくなることは無いようです.

1月5日「さらに気温が落ち込み最低気温が毎日マイナスを下るようになり,12月よりも体調が悪化.部位は,首・腰の痛み,肩・背中全体の強張り,頭重感と吐き気.特に背中の強張りがひどく,睡眠に支障をきたす状態となる.」
1月中旬「大学への登校は週2〜3日行くのがやっと.休養と鍼治療に専念.強張りとひどい頭痛のため実験器具を扱うことできず.1月に予定されていた研究発表は中止.」
1月下旬「頭痛と首・腰の痛さがさらに激しくなり,大学への登校は週2日以下となる.」
 一月どんどん悪化しほぼ全部休んだに近い状態でしたが,
 この年はツライ体ながらも大学にでます.

2月下旬「頭の奥で軽い頭重感はあるもの,作業中に激しい頭痛にかかる割合はずいぶんと減る.こりや痛みは,疲労時には強く出るが,日常的に痛みがでることはない.しこりは常に感じる.」

2月下旬にはなると改善の兆しがあるように書いています.
ただしこれは痛み止めの薬を1日2錠飲み続けた状況でのことです.

寒さが緩むと筋肉の懲りが緩むので症状はそれなりに改善しますが,
頭痛や吐気・腰痛は年中ずっとありました.
しかし,ガマンしてなんとかできることを3月以降夏の間やりつづけます.
途中,激しい胃炎にみまわれたり指の皮がむけつづけたりとひどい
状況はつづきましたが,文章書きを除いた事務的なことや
現地調査は限定的ではありましたがなんとかできました.

しかし,夏が終わり2年目の冬になりますと11月下旬でもう大学にいけなくなります.
そして,凝りが改善し始めるのは3月下旬と前年より遅くなります.
年がたつにつれて悪化の頻度と期間が増大する傾向にあって,
むち打ち症でなく別の病気ではとうすうす感づき始めました(遅ッ!!)

3年目の2005年6月,梅雨時にかなり悪くなりひと月休み.
冬季以外ではじめて長期の休みをとることになり,さすがに
大学を休学して病院で本格的に検査することを決意します.
そうして,9月の検査,病名判明へといたりました.

病名判明まで2年半.長い...そして無駄と浪費を重ねてしまった.
しかし私はまだ良いほうです.
10年以上もドクターショッピングを繰り返し,しまいには精神病扱いされて辛酸苦渋の末に,
やっとこの病名にたどりついたという患者さんがとても多いのです.
posted by bfcbud at 10:12| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なるほど…。
…う〜む。
Posted by fumoh at 2006年06月04日 16:24
bfcbudさんこんばんは
事故の状態や自覚症状の移り変わりなど、
詳細に書き込んでくれていたので
本当に参考になります。

まさに自分の過去と未来を説明されているかのような
錯覚に陥りました。

多くの方々の闘病生活を知れば知るほど
自分の症状と酷似していることがわかります。

あとは診察する医者選び次第のような
気がしてきました。

bfcbudさんが治療をしたのは熱海でしょうか?

Posted by cyberskirmish at 2007年03月04日 19:55
cyberskirmish さま
こんにちは。

事故後一週間で弁護士に相談したものですから、毎日病状日記だけはつけていたのです。ほぼ1年間。

でもほとんど覚えていません。
つけていたおかげで私でも今振り返るとあたらいし発見があったりします。

私は熱海での治療ではありません。
私の頃は熱海は半年まちで、待ってられませんでした(笑)。
今は2年待ちらしいですね。( ゚ Д゚)

(病院名は事情があって書けません、すんません。そのうちまとめてその辺のことを書くかもしれませんが・・・)
Posted by bfcbud at 2007年03月05日 17:34
こんばんは
仕事が立て込んで、なかなか時間が作れませんでした。
死にそうな痛みに泣きそうになりながら大仕事を終えてきました。
が、いつまでもつかわかりません。
一思いに入院させてもらえればよいのですが、その方法がわかりません。

病院の名前は明かさないのが普通のようですね。
熱海が2年待ちでは、もうどうしようもないような気がしてきました。
Posted by cyberskirmish at 2007年03月07日 21:11
cyberskirmish さま

どうぞ、横になって水分を多くとることをおすすめします。(脳脊症であればですが・・・)

以前他の方にむけて書いたことがあるのですが、間接関係は6ヶ月でほぼ快癒します。それでも体中がおかしいときは、しっかりと休んで原因究明のために毎日の生活を送らなければならない何かを抱えてしまった、と考えたほうが良いと私は思います。私自身、最初におかしいなと思ったのは6ヶ月たったころで、確信にいたったのは2年後でした。遅きになんとやらです。

病院ですが、県庁に問い合わせをすると結構情報をもっていたりします。また、NPO法人鞭打ちでも病院リストを公開しています。http://www.npo-aswp.org/list.html
こちらの紹介も利用すれば2ヶ月待ち程度で受診可能ですよ。ただし、ここは某団体系で、以前ちょっと問題になったことがありました。今は特段問題を起こしてはいないようですが。

病院名をだせないのは、この病気に複数の宗教が食い込み・政治がらみの問題にもなっていることが原因です。それらに触れず病院名だけをだすことはできないものですから。このブログはあまりポリティックなものにはしたくないと今は考えているのです。そのうち考えがまとまれば、その辺のことも含めて書くかもしれません。
Posted by bfcbud at 2007年03月07日 21:40

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