2007年04月25日

交通事故で冷え症に?

最近いろいろな方の交通事故ブログを見ています.
その中で長期間不定愁訴に悩んでいらっしゃる方の症状に,
それは冷え症の症状と一緒だ!
というものが多く見られます.

私は,脳脊症がほとんど治癒した段階で,
事故の時から始まった指の皮むけが全然治らない状況を見て,
漢方の先生のところに行きました.

漢方の先生の見立てでは重度の冷え症になっているということでした.
冷え症で血が巡らず指の表面まで血液が循環していないことが,
皮むけの原因でした.もちろん冷え症ですから,
皮むけにとどまらず全身に悪影響を与えていました.
腰痛や背部痛,頭痛,鼻炎,筋肉のこりなどすべて関与しているとのことです.

皮むけ自体は中学生のころ年2回くらい(1回1週間くらい)あったりなかったり,
また慢性鼻炎症でしたから体質として冷え症の素質はもっていたようです.
ですが,高校生の頃は冬山登山をしていたため,
寒地訓練を旺盛にこなし相当な薄着でも大丈夫になり皮むけも長い間ありませんでした.
それが,交通事故を境に3年間ずっと皮がむけ続けるような,
重度の冷え症になってしまいました.
その原因はこんなことではと私は考えています.
・事故に遭うと一時的にでも寝たきりになり筋力・代謝能力低下
・なんでも体を動かすのがおっくうになってしまいさらに筋力が低下
・結果動物としての活性度が落ち冷え症に・・・・
私の場合,脳脊症でさらに寝込んでいたので,よっぽどひどいことになってしまったのでしょう.

人それぞれでしょうから,判断はむつかしいでしょうが,
知らないうちに事故で冷え症になった,またはひどくしてしまった人は結構な数存在するのではと思っています.


 余談ですが,
私は子供の頃,夏冬関係なくお外で馬鹿丸出しで遊び狂っていました.
イコールよく体を動かしていたということなのですが,
大人になるとあの頃ほど体を動かさなくなりました.

接骨院に来ている大人のほとんどは,
体を動かす機会が無くて筋肉が固まってしまった現代病の人たちです.
最近その仲間に小学生たちが大挙参加してきています.
年齢は10歳でも体は60歳!実際にそんな子が本当に増えています.
原因はお外で体を動かして遊ぶ事が減っているため.

私は子供の頃は体が楽に動いてよかったなー,などと思っていたのですが,
子供でも体を良く動かしてないとダメなのですね.

最近の子供らの不遇を思いつつも,
年を喰っていても,体を動かせば
自分の体調を良くできると希望をもっています.
posted by bfcbud at 10:17| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

事故から六ヵ月がたち・・・それから

事故から四ヵ月後の続きです.

6ヶ月が経過したころ,事故は5月下旬ですから冬の寒さもきつくなる12月です.
11月には結婚のお披露目をしたのですが(結婚したのは7月),
今思い出すと,いろいろと無茶苦茶な事だらけで・・・・
事前の準備を自分たちでやったのはいいとして,
手伝いの人や司会との打ち合わせは当日に数十分しただけとか・・・・
今思えば本当に迷惑の数々をご友人方におかけしたと・・・・

実はこの頃,嫁子さんとのケンカが絶えませんでした.
毎週のように血だらけ(ココロね)になりながら戦いを繰り広げていました.
当時は2人とも新婚であるがゆえだと思っていたのですが,
本当は病気のせいで私が記憶障害を起こしていたのが原因でした.

記憶障害もこの病気の特徴で,もともと鼻炎症のせいで物忘れのひどい私だったので,
あまり気に留めていなかったのですが,交通事故以来,記憶がかなり薄いのに
病名が判明してから気づきました.

例えば,事故以降に初めて訪ねてきた嫁子の友人について,その人の事はよく
知っていて顔も性格も分かるんだけど,「僕あったことないよね」
と嫁さんにむかって突然しゃべりだし嫁さんをびっくりさせるとか....
これがお互いの失敗だったり利害に絡む話だと大喧嘩に発展してしまうわけです.
恐ろしいことにこれで家族を失う患者さんはけっこう多いそうです...
ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル

こんな6ヶ月経過ごろから10ヶ月後あたりのことについて
実は記憶がほとんどありません
脳脊症の進度が著しくひどくなったにもかかわらず
結婚お披露目やらなにやらあったので頭が飛んでいたと思われます

記録をみると,
11月上旬頃「やっと1冊の本を読み通すことが出来る程度に頭重感が改善した.」
 このころまで本を1冊最後まで読むことができない状態でした.
 文章を書くことなど当然できません.
 この時読んだ本は,読みきるのに1ヶ月もかかりました.
 通常なら1日で読める量です.
11月下旬「首・肩の痛みは大分とれ,首から肩・背中の筋肉の強張りも全体ではなく所々にまで縮小する.しかし腰は良くなっておらず毎日夕方になると痛みが戻る.」
 ちょっとずつですが改善をしています.
 しかし,これは短い視野でのことにすぎませんでした.
 この年は冬の寒さがくるのが遅かった年です.
 11月下旬で整形外科医の診察は,医者がもうできることは
 なにもないからといって終わりになります.
 いつまでたっても完治しない患者を前に診療放棄です.
 放棄ですから診断書は「治療の中止」となっていて今現在中止中です.

12月8日「気温が急激に落ち込み霜が降りるようになって体調が激しく悪化」
 このころ鍼を週3回施術し大学の登校日数も減少しているのですが
「鍼治療を受けたがあまり改善しない.主症状は首・腰の痛み,肩・背中全体の強張り,頭重感と吐き気である.」
 事故から6ヶ月経過してのこのひどさ,
 明らかにむち打ち症の症状を超えています.
 寒くなると悪くなるのはどんな傷でも一緒ですが,
 鞭打ち症は通常4ヶ月,6ヶ月もすれば100%関節の損傷は癒えるので,
 ここまでひどくなることは無いようです.

1月5日「さらに気温が落ち込み最低気温が毎日マイナスを下るようになり,12月よりも体調が悪化.部位は,首・腰の痛み,肩・背中全体の強張り,頭重感と吐き気.特に背中の強張りがひどく,睡眠に支障をきたす状態となる.」
1月中旬「大学への登校は週2〜3日行くのがやっと.休養と鍼治療に専念.強張りとひどい頭痛のため実験器具を扱うことできず.1月に予定されていた研究発表は中止.」
1月下旬「頭痛と首・腰の痛さがさらに激しくなり,大学への登校は週2日以下となる.」
 一月どんどん悪化しほぼ全部休んだに近い状態でしたが,
 この年はツライ体ながらも大学にでます.

2月下旬「頭の奥で軽い頭重感はあるもの,作業中に激しい頭痛にかかる割合はずいぶんと減る.こりや痛みは,疲労時には強く出るが,日常的に痛みがでることはない.しこりは常に感じる.」

2月下旬にはなると改善の兆しがあるように書いています.
ただしこれは痛み止めの薬を1日2錠飲み続けた状況でのことです.

寒さが緩むと筋肉の懲りが緩むので症状はそれなりに改善しますが,
頭痛や吐気・腰痛は年中ずっとありました.
しかし,ガマンしてなんとかできることを3月以降夏の間やりつづけます.
途中,激しい胃炎にみまわれたり指の皮がむけつづけたりとひどい
状況はつづきましたが,文章書きを除いた事務的なことや
現地調査は限定的ではありましたがなんとかできました.

しかし,夏が終わり2年目の冬になりますと11月下旬でもう大学にいけなくなります.
そして,凝りが改善し始めるのは3月下旬と前年より遅くなります.
年がたつにつれて悪化の頻度と期間が増大する傾向にあって,
むち打ち症でなく別の病気ではとうすうす感づき始めました(遅ッ!!)

3年目の2005年6月,梅雨時にかなり悪くなりひと月休み.
冬季以外ではじめて長期の休みをとることになり,さすがに
大学を休学して病院で本格的に検査することを決意します.
そうして,9月の検査,病名判明へといたりました.

病名判明まで2年半.長い...そして無駄と浪費を重ねてしまった.
しかし私はまだ良いほうです.
10年以上もドクターショッピングを繰り返し,しまいには精神病扱いされて辛酸苦渋の末に,
やっとこの病名にたどりついたという患者さんがとても多いのです.
posted by bfcbud at 10:12| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

事故から四ヵ月後

 1ヶ月以上更新しておりませんでしたが,さぼっていたわけではありません.

更新できるような体調ではなくなっていたのです.
12月と1月,比較的天気が安定していたのですが,2月は急に暖かくなり
春の移動性低気圧が4,5日おきにやってきたため,そのたびに症状がひどくなり,
それ以外にもぶっぶーな出来事が三たてでやってきて不眠症化してました.

そんなわけで温泉療法をやったりしていて,東京に居なかったり,
やっと,最近になって持ち直してきたところです.

めまぐるしく変わる体調に自分自身でついていけず,
ウツになりました.本当にツライ.


随分まえの続きですが,事故から4ヶ月もたつと症状は固定します.
整形外科医の話では症状が固定するともう治療も効かないので,
精神的にイージーな気分でいけと(はぁ?)言われておったので,
前向き前向きにがんばることにしました.

たまった書類やら国内での調査の予定をつけたり,論文を書き始めたりと・・・・.
ところが,朝大学について仕事するとすぐ吐き気がやってきます.
午後になると頭痛と気持ち悪さでなにもできず午後3時をすぎると
めまいがしてきます.難しい作業なんて遅々として進まないので,
とりあえず雑用をやったりして夕方にはダウンして家に帰る.
翌日,また論文をとおもってはじめるが同じことの繰り返し.

でも,少々つらくても「精神的に前向きにやってないと治らない」
といわれていたものだから(今考えるとこんなことを言う整形外科医はおかしい
とにかくがんばります.

下痢や便秘も繰り返しおこりなぜか手の皮がむけてきたりと
いろいろ起きますががんばります.
しかし,中国からもどり1ヶ月たったときには体重が15%も減っていました.驚愕です.
このとき,もう整形外科医の言っていることなんて信用なりませんでした.

鍼の先生に診療していただいたところ,このまま続けていたら生命力が
無くなってシンジャウヨという主旨のことを言われました.
自分の体でいったい何が起こっているかわけもわからず,自分でかんが
えることもできず,整形外科医が了承したので鍼との併用治療をすることに
なりました.

鍼を併用して翌月には秋の寒さが訪れました.
大学でのゼミ発表もテキトーなのを1回こなしたところで(レジュメは作成できず),
急に肩首腰頭がずーんと悪くなり,そのまま冬の間,
寒くなるにしたがい,どんどん悪化していき大学には
いけなくなります.

そして事故から6ヵ月後,整形外科医は診療を放棄すると言い出しました.(ほえ?)
整形外科の世界って,いったいどうなっているんでしょう!
と思い当時は困惑しましたが,前にも書きましたように,
鞭打ち症関係については,もともと整形外科医は有効な知見など
たいして持ち合わせていないということを後日知りました.
posted by bfcbud at 17:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月27日

事故から1ヶ月たち

 交通事故から1ヶ月ほど経過した6月下旬.
自宅養生の状態から脱し大学院に復帰.おそらくこの時点で
むちうち症自体は快方にむかっていたのだとおもいます.

当時の記録を読むと,
1週間後「午前通院,腰・首痛・嘔吐感はそのまま,肩と腰周辺の筋肉がコリコリに固まっている.腰はズーンとくるような痛みがずっと続いており,眠れないものの,疲れきってねるという状態が続く.」
2週間後「午前通院.腰・首痛は全体的に柔らかくなってきたが,今度は背中全体が弱い痛みを伴うようになる.動くと嘔吐感や熱っぽさがでてくる.家で寝ていたが夕方になって寝込んでから初めて散歩に出られるようになった.」
2週間で,むち打ち症の症状が緩和しているのにもかかわらず,
主症状がそれまでと関係の無い場所に波及し次々と変化してい
ってます.これは脳脊髄液減少症の特徴だと,今ならわかります.
当時はまったくわからず,B先生も筋肉が硬くなってと少々苦しい説明をしていました.

3週間後「午前通院,肩がはり腰に痛みがある.午前は通院後自宅で休養するも午後はでかける,夕方には首痛・腰通となり,若干の頭痛をともなう.」
全体としては良くなり始めているけど,1日体がもたない疲れやすい体になっている.

1ヶ月後,大学院に復帰しますが,「午前通院,午後大学登校.夕方から頭痛が激しくなり,夜帰宅後激しい頭痛で食事をとることができず,睡眠をとる.肩は激しいこりとなる.」
このころから頭痛が主症状になります.
この頭痛は1回目の手術を受けた05年10月までずっと継続しました.
このころは肩や首が凝るせいで頭が痛くなると勘違いしてました.
事故以来首を動かすとメキョメキョ音がするようにもなったので,
ここが悪いんだと低周波治療をしたりと温熱治療をしたりと,
いろいろやりましたが,結局効果はほとんどありませんでした.

整形外科のB先生は,こりを緩和するための運動をするように
言っておりましたので,用事がイヤというほど溜まっていたので,
運動がてら用事をこなします.ですが,今思えば既に自分の状態を
自分で把握できていない状態になっていたのだと思います.
用事も研究も既にいっぱいいっぱいに溜まっており,気もあせって
いたせいもあるでしょう.

症状が固定して変化の兆しがみられなくなったこの頃,
7月には結婚,7月下旬から8月にかけては指導教員の要請で中国へ
旅立つことになるのですが,中国から帰国し9月になり,愕然とします.
自分で気がつかないうちに,体重が15%も減少していました.
posted by bfcbud at 10:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

悪魔企業の保険会社

a4a15c7afc08499e9c123ec07cd26bf9.jpg みなすぁんの契約している保険会社は悪魔企業ではありませんよね?

 脳脊症になった原因の事故では,こちらが停車中に後ろから追突されたのですから,過失割合はこちらがゼロで相手方が10でした.
(写真:一見すると小破ですが後部メンバが歪んでいて中破です.かなりの衝撃だったらしい)
 ならばめでたしめでたし,っていうことにはならない.
こちらは一銭も使わず相手方保険会社が全て保証してくれるんだー,
と思っていたのは大きな間違いでした.
まずこちらの過失がゼロの場合,自分の保険会社の事故担当者が
相手の保険会社と交渉することが禁じられているので,相手の保険
会社と交渉するのは自分です.
要するに交渉のプロ 対 何も知らない素人の戦いとなるのです.

しかもむこうは法律ギリギリどころかそれをやや超えて詐欺まがいになってでも
お金を払う気はねえよ!っという態度まる見えの担当者でした.

 最初の電話から辺でした.猫なで声でお悔やみ系のお言葉,
そして嵐のように手続き書類云々.
事故で思考力停止状態の人間には難解すぎる書類が大量に送られてきました.
私の場合,中破した車プラス人身と二つの案件になるのですが,
人身については送付されてきた「自賠責保険による通院日数から算出する慰謝料」
なる表があり,「それ以上の金額をお支払いすることはできないことになってますので,病院にはなるべく通ってくださいね」(←大間違い)と言われる.
またこちらが学生だと知ったとたんそれまでは出すと言っていた代車費は,
「学生さんにはだせないのですよぉ〜,そう決まっているからだせないのです」(←なんでだよオイ?)と言ってきた.

気持ち悪く頭がボーっとしている人間には思考能力というものがありません.
この時点でまだ僕は言われるがままです.
とりあえず人身はおいといて,「車の修理を早く進めてくれ」と言うと,
係員が車の査定をするので待ってくれとのことでした.
しかしてしばらく音沙汰なし.

腰痛がはじまって動けなくなった事故から6日後になり,
「同じ年式グレードの中古物件より修理費のほうが高いので直せない」
「中古物件代と同じ19万円以上をお払いすることはできないのです」(←大間違い)
さすがにそろそろやり込まれていることに気づくぼくちゃん.(遅っ!)

しかして,この時点で頭はまわらず,腰の言い尽くせない激痛で動くこともできず,
中古物件の売買代金だけでまともに動く車が手にはいるわけねえだろオイ!と凄みたくなる衝動すら湧いてきません.

おそらく対抗策があるのだろうけど,腰が痛くて調
べに行くこともできず頭もまともに思考する力がありません.
しかし,怒りとともに,これまでの人身の説明も都合のいいように
しゃべっているに違いないと気づきます.
彼を代表とするこの蜜井墨友海上という保険会社は被害者の保障
なんてする気はなく,いかに賠償額を圧縮し利益と成績を確保するか!
それ以外頭に無いのだろう.

事故で体調が悪く思考力の低下した人間を相手にしてきた巧さを感じる.
「そうですか,ハイ.わかりました.」とだけ答えて電話を切りました.
自分で動けない考えられないことの悔しさを,このとき初めて思い知りましたが,
こっから先はスマートに.弁護士投入!その日のうちに全権委任.

以来不愉快かつ気持ち悪い猫なで声の蜜井墨友海上のあんちゃんは
ほとんど嫌がらせとしか思えないような対応をするようになり,
冬には自主退職していきました.
新しい担当者はかなりまともな人でしたが,論拠も無く損害金を
カットしようとしたりして,ダメ会社の人間はやっぱダメなんだなと・・・.

この一件以来,蜜井墨友関係の銀行・クレジットカード等すべてを解約.
蜜井墨友の臭いがちょっとでもする商品やサービスは以来一切利用しなくなりました.
ちなみに当時こんなものもみつけましたし,(「ある日、事故は突然に1(探偵ファイル)」
整形外科医も後の脳神経外科のお医者さんもみんな,
「あそこは払わないので有名」
「蜜井墨友海上!・・・・それはお気の毒に」
「彼らと会話するとさらに症状が悪化するでしょう(笑)」
といってました. ですよねー.(心のつぶやき)

 示談は翌年の04年の春に鞭打ちという間違った病名で行いましたけど,結果的にはこの示談が早すぎたことはいなめません.しかし整形外科医が6ヶ月で治療を投げ出してしまい,まったく協力してくれなかったのでしかたありません.
しかも,あとで調べたら,蜜井墨友海上から裏金をもらってたんじゃねーのか,
とおもうくらい保険会社に有利な診断書を書いてました.(真相は闇の中・・・)

現在,脳脊髄液減少症と交通事故の因果関係を保険会社が承認した事案は聞いたことがありません.まだこの病気自体を厚生労働省が認めていないのですから,仕方ないことかもしれません.
結局鞭打ちで示談をしてしまいましたが,もし脳脊症で闘っていたとして勝てたかどうか,疑問です.きっとツライ裁判になったでしょう.
(05年9月に裁判所の判断で勝利を得た人がおりましたが,保険会社すぐ控訴したそうです)
ラベル:交通事故
posted by bfcbud at 15:42| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

事故直後の経過

 今日は天気が良く,体調もなかなかです.
この病は気圧の影響でかなり病状が左右されます.
気圧が低下するときは調子が悪く,気圧が安定しているときは比較的調子が良いです.

なんでかというと,気圧が低下すると硬膜内と外気との気圧差で硬膜が膨らみ,
脳脊髄液の液面が低下してしまうためだといわれています.

頚椎捻挫(以下むち打ち)になった人の多くは
天気が悪くなったり寒くなるとどうも調子が悪いとよく言いますが,
長期にわたるようであれば脳脊髄液減少症を疑うべきでしょう.

何故むち打ちで脳脊髄液減少症になるかというと,首が激しく振られることにより,
脳脊髄液の液圧が瞬間的に上昇し,硬膜の弱い部分や液圧の最も高い腰椎下部を突き破ってしまうのだそうです.

 では,2年前の03年5月の交通事故直後はいったいどうであったか.
事故の日は首になんだかしびれはあったのですが,自覚症状が無くその日は家に帰ってしまいました.
翌日未明になって激しい嘔吐感と頭痛に首の痛みがでて,近くの整形外科開業医に飛び込み診察をしてもらいました.
その間事故相手方保険会社への連絡やらなにやらしなければいけなかったのですが,とにかく頭が回転しなかったことをいまでもよく覚えています(でも口調は普通だった・・・).
医者には腰も1週間くらいで痛くなるからまた来てねと言われた.
ハテナ?と思いつつ自宅にもどりベッドへキモチワルーイ状態でなにもできずひたすら寝る.
 翌々日になり相手方と警察に出頭することになり遠く事故現場の警察署まででかけました.
このころ首や頭はフラフラだったが,結構体は動かせる状態で,よしよしとおもってました.
しかし,事故から6日目の朝に突然腰にすごい激痛(T T.
腰椎捻挫が追加されました.なんでも腰は筋肉が強いものだから,間接が悪くなっても筋肉で支えてしまって症状が出るまで時間がかかるんだそうです.予想できていたんだったら絶対安静の指示をくれよオイ!と思ってしまいました.
2週間はとにかく寝てろと言われましたが,まぁ,言われなくたって,腰は痛い,首は痛い,頭は激しくぼーっとして,肩も背中も痛く,吐き気がいつもするのですから「寝させてくださいっ!」て感じです.

自分で起き上がって御飯をつくることすらツラク,彼女が看病に来ない日には場合によっては1日1食しか食べないような生活となりました.
今になって思えば,首や腰の痛みは別にして激しい頭痛と継続的な吐き気は捻挫ではなくて脳脊症だったんだなと,今なら気づきます.

この時の整形外科医はB先生とおっしゃる方でしたが,この先生,治療を早くきりあげようといつも僕にむかって「もう終了でいいよな」って感じで言ってきました.
さらにむち打ち症は気のせいの部分が多いからとなんだかえらいしつこかった.
逆に言えば治ろうという気持ちがあれば早く直るからと励まし?をしてくれていました.
でも3年くらいは冬は調子が良くないよとも言ってました.
ぼーっとする頭がさらに混乱するだけのような説明しかしてませんでした.

むち打ち症は整形外科医にとっては難解かつこれといった治療法も無く,医者としてなるべくかかわりあいになりたくない種の病気であるということを,最近あちこちで調べて知りました.
B先生の支離滅裂な説明にやっと「あ,な〜るほっどー(怒)」と思ったもんです.
ラベル:交通事故
posted by bfcbud at 13:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

2年前の交通事故

 私はえんえんと学生生活を送ったにもかかわらずにいまだに大学に居残っている大学院生だったのですが,病名がついて手術をしてからは休学しています.



休学以前も1年の半分くらいは大学に通えないような体調で休み休みしながら細々と研究していました.

基本的に頭にもやがあって,吐き気や頭痛・倦怠感があるので,実質的にはほとんど何もできず,アルバイトもできません.

日々貯蓄と奨学金(それも休学でストップ)を食いつぶすだけの毎日は精神に悪く自分の都合でできる株のネット取引をたまにやっているのですが,結局はトントンですね.(--;

 今日はライブドアショックで・・・・・・.なむさん.



 こんな体になってしまった原因は,2年前03年5月に交通事故でカマを掘られたせいです.

その年の4月,両親から独立をして一人暮らしを始めたのですが,そのやさき,5月連休中に彼女の実家が破産.(--

バタバタしたあげく7月に彼女と結婚ということになり,5月は結婚のための準備に追われていました.

家具なども必要で,しかして貧乏なのでリサイクルショップで物色するために車でアチコチに出かけていたそんなとき,横断歩道で停車していたところ,後ろからレガシーに突っ込まれたのです.



最初は何がなんだか分からずパニック.

幸い彼女は助手席で寝ていたおかげで負傷は無し(さすがッ!?)

僕は頚椎・腰椎捻挫全治2週間というありがちな診断.



しかし,それは,誤診だったのです.

本人にとっては貴重な時間を何年にもわたって失う結果となったのですが,

当時まだ脳脊髄液減少症は学会で提言され始めたばかりで一般的な病ではなかったのです.

(いまでもそうだが・・・・このころよりはかなりマシ)
posted by bfcbud at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 交通事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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